
私は、株式会社熊本放送から出向辞令を受け、平成28年(2016年)4月1日、グランメッセ熊本へ着任しました。その2週間後に最大震度7の地震(マグニチュード6.5)が熊本県を襲い、グランメッセ熊本は当夜、九州各県から駆け付けた警察、消防、自衛隊など救助隊の集結拠点となりました。のちに“前震”と呼ばれるこの地震の28時間後、再び「震度7」の“本震”(マグニチュード7.3)が発生、グランメッセ熊本も被害が拡大し熊本県と協議の上、建物への立ち入りを禁止せざるを得なくなりました。
大規模災害発生時にグランメッセ熊本は、支援物資を仕分けして被災地へ送り出す「指定集積拠点」との位置づけでしたが、その役目を果たせなくなった一方で、2200台収容の駐車場は、自宅の崩壊などで避難を余儀なくされた方々の車中泊の車で埋まり、施設のトイレが使用出来ない為に、数千人のトイレ問題と、水や支援物資を求める避難者への対応が求められたのです。
「熊本地震から10年」の今年、みたび「震度7」の地震が熊本県で発生しました。豊かな水資源に恵まれた熊本県ですが、被災地では猛暑の中“水やトイレ”などの問題に苦慮する事態が続きました。
(10年の時を経て、)私の経験を踏まえ、皆様に今一度、防災・減災の備えについて考えるきっかけとして頂ければ、幸甚です。
「平成28年熊本地震 グランメッセ熊本 被災状況」






平成28年(2016年)4月に発生した「平成28年熊本地震」は、前震、本震と規模の大きな地震が立て続けに発生し、熊本城の創建以来、最大規模の被害を受けてしまいました。
そもそも熊本城は、現在の県立第一高校に建っていた「隈本城」に隣接する位置に、1607年に加藤清正が新たに「熊本城」を築城しています。その後、加藤家に代わり細川家が幕末期まで治めることになります。
明治維新後は、旧陸軍が城内に駐屯し、明治10年(1877年)には、西南戦争の戦場の一つとなっています。その際、戦場としての備えとして多くの石垣や建造物が解体され、さらには天守閣や本丸御殿を焼失するなど、江戸時代に誇った熊本城は、その勇姿は失われてしまいました。
また、旧陸軍が駐屯する中でも、残された宇土櫓などの建造物の解体修理を行うなど、熊本城を存続させる対応も行われてきました。戦後になり、熊本城は文化財としての価値が認められ、城域が特別史跡に、残された建造物が重要文化財に指定され、今に引き継がれています。
一方。江戸時代から熊本地方では、幾度となく地震や台風等の自然災害に見舞われ、城内では、石垣が崩れたり、建造物が倒壊するなどの被害を受けたものの、そのたびに修理等が行われています。
今回の地震は、10年前の熊本地震の復旧が終わらないうちに発生しました。この2つの地震は、熊本における災害史の中で、決して珍しいことではなく、活断層の一連の動きの中で、たまたま10年後に次の地震が発生したに過ぎないとも言えます。
いつ起こるかわからない地震等を恐れ、何も手を付けないのではなく、明日かもしれない「次の災害」への備えをしておかなければならないことを、私たちは学んだことになります。
https://sitereports.nabunken.go.jp/ja/122847 (パンフレット「熊本城~復興に向けて~」)